彼の自宅へ遊びに行った

3月 22nd, 2013

私は結婚する前の一時期、主人になる人とは別の人と、恋人として付き合っていました。
その人の名は孝行(たかゆき)、親孝行な子になって欲しいと、親から期待されて命名された模様です。

一方、私の名は翔子(しょうこ)、自分の力で飛翔してもらいたいとの、親の願いがあったのかも知れません。
でも今にして思えば、セックスフレンドに終わる運命だったのだと…いわゆるセフレの関係ですね。

とは言え、彼は勉強一筋のインテリで、遊んでいる姿を見たことがない、というのが周囲からの評判でした。
事実、彼の経歴だけは華麗そのもので、東京大学にストレートで合格、その後は国家公務員として税務関係の頭脳労働に従事していました。

勿論、その時点でお互いに結婚を意識していたのは、改めて言うまでもありません。

そんなある日、彼の自宅へ遊びに行ったことがありましたが、机にしがみつかんばかりに勉強する姿を見てしまい、「やっぱりただのがり勉だったのね」と呆れ、いっぺんに気持ちが引いてしまったことがあった位です。

その時は、彼の優しいお母様の手料理でもてなされ、「孝行の良いお友達になってやってね。この子はちゃんとした家庭のお嬢様としか、交際させないことにしているのよ」と懇願されました。

「何これ?マザコンじゃないの!」と逃げ出したい気持ちを抑えながら、その場は仕方なく笑顔でうなずいたのも懐かしい思い出です。

ところが、孝行は私と外で会えばその間中、卑猥な言葉を口から発し続ける人でした。

それは「翔子のおめこが見たい」とか「翔子のおめこ毛が欲しい」とか、ギクッとするほど幼稚な言葉でした。
これは、真面目過ぎる生活を続けてきた代償で、女性に免疫がない証拠なのでしょうが、誰が聞いても決して気持ちの良いものではありません。

「何て気持ちの悪い…病気じゃないの?」と私は笑いをこらえながら、「それでもこいつと結婚すれば食いっぱぐれがないんだ。一生食べて行けるんだ。もう嫌な職場ともおさらば出来るんだ」という打算が、私を孝行との交際に引き止めたのです。

だからある時は、人気のないビルの階段を、扉を閉めて個室にして、性行為に及んだこともありました。
その時は、孝行が私のブラウスのボタンを外し、露わになった乳房から乳首を吸うのがパターンでしたね。

後から考えれば、この行為もマザコンの典型だったのですが、その時はそこまで深刻に考えていませんでした。

遂に、愛想が尽きたのは、ある日…同じ場所で、私の上半身を裸にした後のことです。
実は、孝行がペニスをズボンから出した途端、あろうことか掃除の職員が入ってきたのですね。

ところがその時孝行は、半裸の私をかばうどころか、何と自分だけ服を着て逃げ出したんですよ。
「この男は、やはり駄目だ」と観念した私は、その場で孝行に別れを告げたのでした。

100パーセント彼の部屋

3月 21st, 2013

私は沙織…私にはフェリペというセフレがいます。
実は彼、スペイン系の在日ネイティブで、私達は、職種は内緒ですが、仕事が縁で出会ったのです。

振り返れば早いもので、セフレになってから、もう4年が経過しました。
その当時から今も変わりなく、私達のセックスの場所は、100パーセント彼の部屋です。

何故なら、彼は私とは違って一人暮らしでしたから、家族の目を気にする必要がまったく無かったからですね。
それに、二人とも自由業で仕事が定まらなかったので、ラブホテルに行く様なお金はありませんでした。

それで月に2,3回位のペースで、仕事が出来ない雨が降る日を中心に、私達は逢瀬を重ねていたのです。

そんなある日、彼と私はセックスを終えた後、仕事の話をしていました。
それは、彼を経済的に助けようとして私が考え出した、ある新しい企画の紹介でした。

ところが彼はその企画が書かれた物をひと目見るなり、「これは駄目だ。こんな物は絶対に売れない」と断言しました。

そんなことを言われたって、私は今別の知人とこの企画を進めている最中です。
その知人は仲間と共に、今現にこの企画に乗って来ている訳ですから…

そこで私は、「物を見るのではなく、企画の方を見て欲しいの。書かれてあることを…」と言いました。
でも、日本語では読めなかったのだと気付いた私が、読んで聞いてもらいましたが、彼の反応は変わりませんでした。

日本語は自由に操れなくても、「どうしてこんなサイドビジネスなんてやっているんだ。自分の本業に専念しなくては駄目じゃないか」というのが彼の本音だと分かりました。

でも訳もなく悲しくなって、「私の構想が伝わらない…この世界が分からないのね…何て可哀想に…」と言いながら、私はとうとう「フェリペさんを助けようと思って、一生懸命に企画したのに…」と言いました。

すると、フェリペは私が愛おしくなったのか、私に下着を脱いで自分の膝の上に上がる様に命じました。
すぐさま私は彼の言う通りにし、パンティを取ってスカートを持ち上げて、座っている彼の膝の上に乗りました。

そうしたらフェリペは、自分のズボンのファスナーを開けてピンガ(ペニス)を取り出し、これをヴァヒナ(ヴァギナ)に入れろと、態度で示したのです。

そこで私がゆっくりと挿入すると、二人の身体はピッタリと連結し、二度目のセックスの体勢に入りました。
するとフェリペは私とつながったまま立ち上がったので、ちょうど駅弁スタイルの体位になりましたね。

この全てを男性に支配されるスタイルが、マゾっ気のある私にはものすごい性的快感なのです。
そのままフェリペにベッドに押し倒され、間もなく後ろ向けにされてバックから攻められ始めました。

こんな調子で私達は、心の結びつきも保ちながら、セフレの関係を続けているのです。

ジョイントコンサート

3月 20th, 2013

私は由香…ヴァイオリニストで、ラテン音楽のタンゴ等を中心に、バンドを組んで演奏活動を続けています。
そのきっかけは、スペイン語を習いに行った先の教師が、私の振幅の大きな演奏に激しい感銘を受け、音楽事務所を立ち上げてくれ、ミュージシャンとして活動が始まった、というものでした。

そんなある日私は、その事務所の社長兼教師から、「凄いミュージシャンがいるから、今すぐ出て来て欲しい」と電話で呼び出されました。

その時の私の反応は「ええっ」という当惑したもので、話を聞くと音楽のジャンルもジャズで全然違うし、「どうしてそんな人と会わなければいけないの?」という不満な気持ちが隠せませんでした。

でも、健康を害して以来、精彩を欠いていた社長が、当初の情熱を取り戻したかの様に訴えるので、「そんなにまで言われるなら…」と私は、指定されたライブハウスに出かけました。

そこで、社長から引き合わされたのが、ジャズトランぺッターの顕治でした。
顕治と出会った瞬間に、何かの火花がスパークした様な、不思議な霊感に包まれたのを、今でもはっきりと覚えています。

早速、社長からジョイントコンサートの企画を持ち出され、顕治と私は社長立ち会いの元で練習を始める事になりました。

でも次第に顕治が、社長の関与を迷惑がり、私に直接アプローチする様になったのです。
それは、三人での食事中に、「僕の家には誰も居ないんだよ」と私にささやいたり、吸い込まれそうな目で私の顔をじっと見つめたり、それ以外に、並んで写真撮影する時にも「ニーッ」と笑って私にすり寄って来たり…
それは全部顕治が私にした行為でしたから、今にして思えば最初から私に個人的な感情を持っていたのですね。

それは社長も勘付いており、大事な商品のヴァイオリニストに手を出されては大変と、「二人で直接会わない様に。自分を間に入れる様に」と命じられていましたが、顕治はお構いなしに社長を外しにかかりました。

その内に私の方も顕治を男性として意識する気持ちが芽生え、ある時思い切って社長を抜いて顕治の車に乗り込んだのです。

そして、仕事の話が終わった時、私が車からすぐに出ないでじっとしていると、顕治が急に手の指を私の手に絡めて来ました。

その怪我をした後だと言う手を撫でていると、突然顕治が私の頬にキスして来たのです。
さすがの私も「今日はこの辺で…」と帰ろうとしたけれど、顕治から「ね。家に行こう」と誘われ、遂に応じてしまいました。

そして、顕治の自宅にはスタジオの中にベッドがあり、顕治は私の服を優しい仕草で脱がせ始めたのです。
その後は、どんな経緯だったか、無我夢中で全く覚えていません。

やがて、気が付いた時には、私は全裸でベッドに仰向けに寝かせられ、キノコみたいに大きくなった堅いペニスを、ヴァギナに挿入されるところでした。

この様にセックスする関係になるとは、数時間前まで予想もしませんでしたが、これが顕治と私のセフレ関係の第一歩だったのです。

食べ物を残した不潔な口

3月 19th, 2013

こんにちは…慶子です。
私の齢は35歳ですが、20歳代に見えると皆から言われます。

実は私にはある一時期、高齢男性のセフレがいました。
彼とは仕事上の知人で、なれ初めの経緯は省略しますが、結果的にそんな関係が数年間続いたのです。

そんな訳で通常のセックスは無理だとお互いに思い、もっぱら彼が私の秘所をなめるのが私達の性交渉でした。
この行為自体は、愛されているという実感もあり、そこそこ気持ちも良かったのです。

ただ、彼がうがいするでもなく、食べ物を残した不潔な口のまま、私のあそこをなめ回すので、ずっと気がかりではあったのですね。

そんなある日、いつもの通りに私のあそこをなめた後、突然何を思ったか彼が自分の一物を出して、私の中に挿入して来たのです。

正直、これは大変なことになる、と思いました。
この人のことだから、シャワーを浴びるでもなく、不衛生なままのあれを入れて来る訳ですから…

ただ、始まってしまったことはもう戻れないので、私は仕方なく早く終わるのを待っていました。
ところが、彼は激しいピストン運動を繰り返すし、私のあそこは乾燥したままなので激痛が走り、これは駄目だと直感しましたが、もう後の祭りです。

そうこうするうちに彼のセックスが終わり、やっと終わったかという感じで私は解放されました。

その数日後です。
私は膣のあたりに違和感を覚えましたが、日が経つにつれてそれが激痛に変わっていくのに、言葉に出来ない恐怖を覚えました。

そのうち、あまりの激しい痛みにトイレの排尿が難しくなり、これはただ事ではないと産婦人科へ駆け込みました。

診断結果はヘルペス…セフレの不潔なペニスで乱暴に擦られたのが原因であることは、医師から説明されるまでもなく分かっていました。

そもそも、性器に発症するヘルペス自体が、原因は性交渉以外にないと、はっきり決まっている訳ですから…

そして私は入院しました。
本当は通院でも良かったのですが、いつ排尿が出来なくなるかと考えたら、またこの痛みが益々激しくなるのかと思ったら、怖くて自宅に戻る勇気がなかったからです。

その後、病室にはセフレもやって来て、可哀想だと泣かんばかりでした。
そこで私は、こんな目に遭わされたのだから、今後は仕事の関係だけにし、セフレ関係は解消しようと、彼に宣言したのです。

彼は、不満そうな素振りではありましたが、納得してくれたのでセフレ解消は実現しました。

今にして思えば、あの病気が神様からの合図だったのですね。

つまり「彼とのセフレ関係を終了する時期が来ましたよ」という、神様からの知らせだったのです。
その証拠に、退院後に一度だけ彼から下半身に触れられそうな機会がありましたが、すぐに性器に違和感を覚えて、私は慌てて彼を制止しましたもの。

押し寄せる快感

3月 18th, 2013

インターネット関連の会社で働くOLで、名前は直美です。
私のセフレは会社の上司で、勝山という名のヤクザ風の男性でした。
実は彼と私のセックスの場所は、長い間ラブホテルか彼の家か、どちらかに決まっていました。

ところがある日、ひょんなことから会社でセックスする羽目になり、そのスリルが刺激となり今迄にないセックスの喜びを感じたことから、社内セックスに完全にハマってしまったのです。

勿論、仕事をする部屋には、私達の他にも社員や出入りの業者がいましたから、いくらハマったとは言っても、さすがに彼らの前でセックスする訳にはいきません。

そこで、邪魔になる社員等は、勝山が用事を言いつけて外に行かせます。
その時間に使える、仕事部屋の向かいにあるトイレが、もっぱら私達のセックスする場所でした。

因みに勝山には、知識や教養で私にかなわない時には、バックから攻めたてて私を屈服させたい、という雄の本能がありました。

こうなれば、フェラチオして勃起を助けなくても、既にフル勃起の状態にあるのです。

ある時は、私は手を洋式トイレの便座の蓋につかされ、制服のスカートをまくり上げられ、パンティとパンティストッキングを引きずり下ろされ、むき出しの尻を上に思い切り突き出さされ、堅くて巨大な一物を膣の中にねじ込まれました。

この時は、勝山よりも私の方が押し寄せる快感にむせび、悲鳴を上げそうになるのを勝山から口を押えられ、必死になって女の喜びをこらえたものです。

又ある時は、休日に出勤して、二人だけで仕事部屋に入り、カーペットの上に敷物を敷いて、セックス三昧の時を過ごしました。

ここでは当然全裸ですが、やはり体位の主体はバックでした。

いざ挿入の段階になると、勝山が「前からと後ろからのどちらがいいか?」と、挑発的な素振りで尋ねて来るので、私がほとんどの場合バックを選んだからです。

ただここは平面なので、バックとは言っても四つん這いになるしかありません。
そうして四つん這いにされた後に、尻を上に突き出させられ、礼拝型と呼ばれるあのポーズにされます。

その上で、両足を思い切り開かされると、ようやく膣が開き、勝山に立ち位置から挿入されるのです。
この時も二人で獣になりきって、セックスに耽ったのが懐かしい思い出ですね。

ところで何故、過去形で書くのでしょうか?
そうです、もう勝山と私は、セフレ関係を解消しました。

その理由は?それは会社の仲間に私達の関係を勘付かれ、盗聴器と隠しカメラを仕掛けられ、社内セックスを暴露されたからです。

当然、勝山も私もクビにされ、それが引き金となり私達は別れました。

デートかランデブー

3月 17th, 2013

私の名は佳織…私にはロドリーゴという、5年以上も関係を続けるセフレがいます。
彼はスペイン系のネイティブで、来日して数十年も経つので、日本語はかなり堪能です。

そんな彼と私のセックスライフは、もっぱら彼の自宅を場所として、一か月に数回行なっています。
ですから古風な表現をすれば、時々逢瀬を重ねているのです。

少し新しめの表現をすれば、デートかランデブーでしょうか?
いえこれも旧い表現ですから、今風に言えばやはり「エッチする」でしょうかね?

でも私は、エッチするっていう言葉、どうしても好きにはなれないんです。
大体、情緒がありませんし、露骨過ぎますし、もう世も末かという気になりますもの。

それにとても不思議な現象なのですが、彼とのセックスには卑猥な感覚がほとんど無いのです。

まったく無いという訳ではないのですが、敢えて表現すれば彼とのセックスには、神様の愛が彼の身体を通して私に流れ込んで来る、という清らかな甘い感覚があるのですね。

ですから分析すれば、ロドリーゴと私のセックスには、何者かから愛されている感覚が90パーセント、互いの性欲を満足し合う感覚が10パーセント、と相反する要素が入り混じっている、と言えるのです。

彼からは、セフレだとはっきり言い渡されているのにも拘らず、彼からか誰かから愛されている感覚が実在する、これはすごい真実ではないかと私は感じます。

だって世の中には、愛情があると言ったって、欲望しか感じさせない人が、現実にいますからね。

ただここは、セフレの話題でしたよね。
そこで、純粋なセックスに的を絞って、話を進めていきましょう。

さて、私達のセックスには、回数を重ねるうちに、基本的なパターンが出来上がりました。

それは、先ずロドリーゴが私に電話をし、明日の何時に…駅前で…という待ち合わせの約束をするところから始まります。

そして、当日のその時間に駅前で待っていると、ロドリーゴの車が迎えに来て、彼の家に連れて行かれるのです。
着いたらすぐに彼が駐車場に車を止めに行く間、私が風呂を沸かし始めなければなりません。

その後、彼が戻って来たら、二人で全裸になり一緒か別に身体を洗い、間もなくベッドで待つ彼の元へと急ぐのです。

その際、彼は足を開いてピンガ(ペニス)を誇らしそうに丸出しにし、私にフェラチオをさせます。
ちなみに、私が好きな体位は、シックスナインで私が上に来るタイプです。

何故なら、私の恥ずかしい部分が彼の目の前にあるので、それを思っただけでも身体に電流が走った様になり、エクスタシーに達しやすくなるからですね。

これが彼と私のセックスライフになります。

どうしても愛情が湧かない

3月 16th, 2013

私は舞亜、彼は克己…二人は音楽仲間でもあり、同時にセフレ関係にあります。

何故セフレ?
それは、最初から彼に、「あなたにはどうしても愛情が湧かない。あなたはセックスフレンドなのだ」と宣告されてきたからです。

とは言え、身体を許した以上は恋人にして欲しいと、女性なら誰でもそう願います。
ですから、彼のその言葉は当時の私にとって、生きてはいけない程の残酷な仕打ちでした。

でも、今にして振り返れば、あれは神様から私への愛のメッセージだったと分かります。

つまり、「あなたには事業がある。一人の男に身も心も尽くしてはならない」と、私だけを導く男性の神様が私にそう仰っているのを感じるからです。

同時に、「言葉に振り回されてはいけない。行動をしっかり見て判断しなさい」という教えも感じます。
事実、克己の薄情さを私が神に問うた時も、返って来たのは「あなたの方が克己を粗末にしている」という、予想外の言葉でした。

それでは何故、「セフレだなどと、あんな残酷な言葉を吐くの?」と疑問は膨らむばかりでしたが…

そんな訳で、実態は恋人じゃないのかと、私は以前から感じてきました。
もちろん、私が現在知る限りにおいてですが、彼は心変わりもなく私を大事に扱ってくれています。

実際にも、彼とのセックスでは、性欲よりも愛情の方が豊かに交換されるのを、いつも私は実感します。
それは、身体を走る汚れた快感よりも、身体を包む清らかな霊気の方が、分量が格段に多いという意味です。

それでは克己と私のセックスライフは、どんな内容なのでしょうか?

以前から、いろんな医学者の方が「女性が快感を覚えるのは、膣ではなくクリトリスである。しかも撫でる際には、優しく柔らかくが必須である」と説いていますが、これは女性の私が体験して納得する真理ですね。

それを分かってかどうか、彼は自分が先に射精して逝った後には、必ず私のクリトリスを愛撫して、私を後から逝かせてくれます。

その時には私も、足を揃えて伸ばして突っ張り、逝きやすい体位をとるので、かなり短時間で確実に昇天、つまりエクスタシーに達するのです。

またある時は彼が、仰向けに寝た上に私が寝かせられ、そのままペニスをアナルに挿入されて、その姿勢で足裏をベッドに付けた私が、腰を激しく降らされました。

その時、珍しく彼が快楽にむせぶ呻き声を立てたので、私も彼に快感を与えられて良かったと、心から幸せな想いに包まれたのです。

これが彼と私のセフレ体験記でしょうか。

彼とのセックス未満の行為

3月 15th, 2013

真弓です。
私と彼は職場が同じで、ある時セフレの関係になりました。

とは言え、本来の意味で、セフレと呼べる間柄であったのかどうか、今振り返っても分かりません。
何故なら、結果的には私は彼に最終的なセックスをさせない内に、関係が終わってしまったからです。

勿論、このセックスをさせないとは、ペニスをヴァギナに挿入させないという意味に他なりません。
ともかく、セックス未満の中途半端な関係が、半年前後続いていた、という事には違いないのです。

今から思えば「真弓さんはどうして結婚しないの?僕は真弓さんは、とってもセクシーだと思う」というのが、彼からの告白の言葉でした。

でも、当時の私にとっては、セクシーだなんて言葉は、誉め言葉でも何でもないと思っていましたので、「失礼な奴だな」というのが、最初の印象でしたね。

しかも、爽やかで品格のある人物に言われるなら、セクシーの意味にも深い含蓄が感じられたでしょう。
それを、こんな欲望の塊の様な男に言われたのだから、「遊び相手を探しているの?」と返して無視してやれば良かった訳です。

然しながらそれは、今だから出来る判断であって、当時の私は世間知らずも手伝って、彼の誘いを受け入れていました。

さて、彼とのセックス未満の行為は、もっぱら彼の車の中でした。
それも夜に、人通りの無い場所へ車を止められて、彼の行為が始まるのです。

バス停で待つ私の前に彼が車を止め、乗れと誘われて連れて行かれることも、何回かあって…
そんなある日、彼の車内で椅子をリクライニングシートに倒して、その上で行為が始まりました。

その時、彼は、仰向けに寝た上に私の身体を仰向けにして乗せ、服を着せたまま私の乳首をコチョコチョとくすぐってきて…

当時の私は、性的には全く開発されていませんでしたから、ものすごい快感が身体中を駆けめぐり、私は彼を離れられなくなってしまったのです。

また、時には同様に、リクライニングシートの上で仰向けに身体を重ね、着衣の上から私の膣に触れられたこともありました。

これも、性的に未熟だった当時の私には、全身を電流が走る様な快楽の体験で、ますます彼の誘いをこばめなくなって行ったのです。

ただ、一度だけラブホテルに連れて行かれたことがありましたが、20歳代とは言え本当に子どもの様な私は、ホテルの中で全裸の彼に寄り添いこそしましたが、自ら服を脱ぐことは一切ありませんでした。

そうこうするうちに、彼は私を最後までさせてくれない女だと分かったのか、冷淡な態度を示す様になりました。
何故か、当初は追いかけていた私も、遂に決心して別れ話を切り出したのです。

学生同士の親睦

3月 14th, 2013

私のセフレは38歳のアメリカ人男性デイビッド、私は33歳の日本女性の蓉子です。
実は、二人が出会った場所は英会話スクールで、講師の彼が私を見初めたのが始まりでした。

ある時、私は彼から、「今度僕の家でパーティがあるんだ。僕の生徒が大勢集まるから、君も来てみないかい?」と、上手な日本語で誘われたのです。
そこで、学生同士の親睦に興味があった私は、考える間もなくOKしてその日を迎えました。

ところが実際に彼の部屋に入ると、参加者は私一人だけでした。
それも私が一番乗りだとか、後から他の生徒がやって来るとか、そうした様子は一切ありません。

何と彼は私とセックスする目的で、パーティを理由に私を家に呼び出したのです。
これは騙されたのだと瞬時に悟りましたが、今更逃げ帰る理由もありませんでした。

何故なら、彼と二人きりの状況が私を、たとえようもなくロマンティックと言うよりは、エロティックな気分にさせてくれたからです。

もうこうなると、私のあそこはポーッと熱くなってきて、英会話の勉強や英会話の交流どころではありません。
やはり、私も彼といつかはこんな日を迎えたいと、心の中でずっと願っていたのだと、その時はじめて気付かされました。

そうこうするうちに、彼が会話もそこそこに近づいてきて、私はいきなりベッドに押し倒されました。
まだシャワーも浴びていない私は、驚いて浴室へ行かせて欲しいと伝えましたが、身体を押さえつけられ身動きが出来ませんでした。

そして、私はスカートをめくり上げられ、パンティをはぎ取られ、足を大きく開かされたのです。
私のあそこが彼の目の前で全開になっている…恥ずかしさがこみ上げましたが、間もなく気持ち良さに変わりました。

前もって湯で洗うことも許されず、汗と小便の臭いでいっぱいの割れ目を、彼は目をらんらんと輝かせて見つめました。

そして、前戯もなく、いきなり彼は私の小さな穴の中に、大きくいきり立った自分の物を、無理やりねじ込んで来たのです。

ところが、あまりにも大き過ぎたので先だけしか入らず、痛くて気絶するかと思いました。
そこで私は、もうこれ以上入れないでと懇願しましたが、彼はそれを許さず強引に根元までぶち込んで来たのです。

そのうちに、押し寄せてきた性的快感に私のあそこは濡れ始め、彼はズブズブと嫌らしい音を立てながら、ピストン運動を繰り返しました。

何の用意もなかったので中に出されたら大変だと思いましたが、彼はその瞬間に外に出してくれましたよ。
これをきっかけに、彼と私はセフレの関係になり、数年経った今もセックスを楽しんでいます。

人の気配を感じた

3月 13th, 2013

私、佳苗にはセフレに懇願され、露出写真を撮影される習慣があります。
勿論、最初の頃は、羞恥心も手伝って、かなり抵抗がありました。

でも、しばらく撮り続けるうちに、誰かに見られているという感覚が、性的興奮に変わる様になったのです。

そんなある日、わざと自宅近くの公園に出かけ、セフレに私の半裸の写真を撮影してもらっていました。
ここは、背丈のある草が生えていましたので、目隠しになるという安心感もあったのです。

そこで、夏なので薄着で解放感もあり、色々な恥ずかしい体位を取らされ、撮影されていました。
とは言え、ミニスカの中こそノーパンでしたが、人が来たら隠せる様にと、上着は来たままです。

ところが、部分的な裸にセフレが興奮し、この場所でエッチしようと言い出されたのです。
そこで、戸外でセックスするのは初めてで、一瞬ためらったのだけれど、すぐに観念しました。

そして、彼のペニスをフェラチオし始めましたが、誰かに見られている感覚が快感で、もう病み付きになりそうでした。

実は私、マゾっ気があるのか、バックから挿入されて攻めたてられると、絶対にエクスタシーに達するんですよ。
でも、この公園は平面しかないので、バックになりたければ四つん這いになるしかないのです。

そこで、私は四つん這いにされ、尻を高く突き出させられ、両足を思い切り開かされ、開いたヴァギナに後ろからペニスを挿入されました。

その後は、お定まりのピストン運動ですが、あまりの激しさに最初は痛みを覚えた位で…
ところが、いつの間にか私は、上着はたくし上げられ、スカートはまくり上げられ、尻が完全にむき出しにされていたのです。

このむき出しにされたお尻に気が付いて、私の快感はいっそう激しく燃え上がりました。

更には、この体位で私はセフレからクリトリスを、指で優しく転がされ始めました。
その内、乳首の先まで、いじり回されたのです。

勿論、クリトリスも乳首も、私の性感帯ですから…
「お金を触った手でクリちゃんなんて触って。ばい菌が入ったらどうしてくれるの」と思いましたが、どうでも良くなりました。

もうセフレより何より、私が押し寄せる女の喜びをこらえるのに必死でした。
そのうち、ヒーヒーとむせび泣きそうになって、セフレから口を手で押さえられる始末で…
…で、すぐに昇天してしまったのです。

その後何十分が経過したでしょうか?
背後に人の気配を感じたので振り向くと、何と見物人が呆然と立ちすくんでいました。

いつ来たのか全然気が付きませんでしたが、あの行為を全部見られたのかと思うと、バツの悪さよりは性的快感がこみ上げてきて、今でもどうしようもありません。